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徳之島の歴史凝縮したタイムカプセル

徳之島の歴史凝縮したタイムカプセル

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一般住民を招いてあった「面縄第1貝塚遺跡」調査現場説明会=29日、伊仙町

面縄貝塚遺跡

伊仙町教委が現場説明会

 
 【徳之島】伊仙町教育委員会は、範囲・内容確認などを目的に再調査中の「面縄第1貝塚遺跡」(同町面縄)で29日、一般対象の現場を開いた。昨年新たに検出していた兼久式土器(古代並行期、約1500~1600年前)包含層の埋葬人骨に続き、今月中旬には約2千年前の頭骨が出土したことも紹介。考古学ファンや家族連れなど参加者たちは、重要遺跡から垣間見える遠い先史時代に思いをはせた。

 面縄第1貝塚遺跡は面縄小学校西側に隣接の石灰岩層段丘の崖下に位置する。1928(昭和3)年に同第1が発見されて以降、▽第2貝塚遺跡(縄文時代後期並行期の生活跡)▽第3同(兼久式期の生活跡)▽第4同(縄文時代前期~晩期の生活跡)と発見・調査が相次いだ。南島の先史時代を研究する上で極めて重要な遺跡群として知られる。

 再調査は、09年度から文化庁補助事業(町内遺跡確認調査)で継続。第1貝塚から82年に出土した1例目の箱式石棺墓埋葬人骨(縄文時代晩期~弥生前期並行期)に続いて昨年2月に検出していた2例目は、「徳之島初の兼久式期(奈良・平安時代並行期)の人骨」と予想。今月中旬にはトレンチ(地下約1・9㍍)から「約2千年前」の頭骨を検出している。

 現地説明会には約20人が訪れた。町教委の新里亮人学芸員(36)は、目の前の海で貝を採って人々が生活していたことや、埋葬人骨(男性?)の検出状況からは「4、5体分が追葬」された可能性も示唆。さらに包含層からオオツタノハ貝製の腕輪など副葬品が出土した点には、種子島「広田遺跡」(弥生時代後期後半から古墳時代併行期、3世紀~7世紀ごろの集団墓地)との共通性も指摘した。

 そのうえで「身近な位置にある面縄貝塚は非常に重要な遺跡。徳之島の歴史が凝縮されたタイムカプセルであることを知って欲しい」。面縄地域の存在が、遥かなる7、8千年前の先史時代から人間が暮らしやすい環境にあり、中世に至っては面縄按司城=アジグスク=が存在、藩政期には主要な交易港、近現代には役所も置かれて栄えた地域の歴史は「全国的にも珍しい」とも説いた。

 親子で訪れていた餅田真理子さん(40)・彩葉さん(中3)・樹君(小6)=面縄=らは「貝塚の存在は聞いていたが、見学する機会がなかった。昔の人たちの生活の跡が実際に出てきていることに驚いた」と歴史ロマンに目を輝かせていた。

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